十和田湖 夏

2024年9月16日

日本の季節の醍醐味は“変化”だと言えるでしょう。6月に「十和田湖 春」がリリースされて以来、私たちは桜の開花、八幡平国立公園の杉林を濡らす豪雨、そして日本の南西海岸を襲った台風シャンシャンによって短くて熱い夏の終わりを経験しました。

日本の季節は明瞭かつ劇的で、自然との文化的な繋がりがあります。8月に「十和田湖 夏」がリリースし、ニック・ウッドとSynは音楽とサウンドを通じて日本の季節を表現する十和田湖シリーズの第3章に突入し、北日本の十和田湖周辺の変わりゆく季節を一つ一つ記録しています。

日本の夏と言えば、お祭りの季節。浴衣を着て、音楽や食べ物、そしてお酒を楽しみながら人々は色とりどりのお祭りに出向きます。青森市近郊の十和田湖では、日本最大級の祭りである“ねぶた祭”が開催され、太鼓の音が響き、武将の人形橙籠が街中を練り歩き、跳人(祭の踊り手)たちが賑やかな掛け声で観客を魅了します。このお祭りの忙しさと湖の静けさの中に、日本の夏の本質があるのです。


8月中旬、コンクリートジャングルの東京が蒸し暑さに包まれる中で十和田湖の涼しい気候がニック・ウッドのスタジオを迎え入れます。十和田湖の湖畔にあるこのスタジオが、サウンドを通してリスナーを特別な場所へと案内する道筋のような役割を果たしているのです。夏休みやアウトドア、火照った太陽が輝く風景、生い茂る緑が広がる季節の夏は、一般的にポジティブなイメージがありますよね。この無邪気な開放感が「十和田湖 夏」の中心となって、ポジティブさと内省が取り入れられた作品に仕上がりました。ウッドは十和田湖の湖畔からインスピレーションを得たことについて、こう話します。「日本の夏はハピネスとポジティブに満ち溢れた季節です。どこにいてもそうだとは思いますが、ここではねぶた祭り(毎年250万〜300万人が訪れる青森市のお祭り)のような素晴らしいお祭りもあるので特に。東京も含めて、私は日本の夏がずっと好きで。とても心地良く感じるんですよね。私はボーディングスクールに通っていて、夏休みの12週間は最高にハッピーで自由な時間でした。私にとって夏は何か過去の記憶と結びついているような、良いことが起こる季節として感じています。」

これまでに「十和田湖 春」と「十和田湖 梅雨」で50分以上の音楽を作曲してきたウッドが、この最新作で新鮮味のある独自の作品をどう完成させたのか。ウッドの意図は、歌詞やナレーションを使わず作曲とフィールドレコーディング(野外録音)を駆使して季節を描写することでした。音楽がこのシリーズの物語の主題となり、季節ごとに異なる物語を紡ぎ出す本シリーズの中でも特に「夏」はマイルストーンを感じさせる作品となりました。

ニック・ウッドが最初に注目したのはベースギター。夏とはあまり結びつかないような楽器ではありますが、そこから「十和田湖 夏」の基盤となるサウンドが作られました。ベースギターとピアノを使ってフィールドレコーディングしたサウンドとそれに加わるメロディーの軸となるよう、繰り返される和音をモチーフとして作曲したのです。ウッドはナイロンギターとアコースティック楽器の柔らかな音色を求めて、ギタリストのギャン・ライリーにオファーしました。「ナイロンギターには夏のエッセンスが入っています。おそらくボサノバからでしょうか。ハッピーでとても夏らしい楽器で、この作品のコンセプトに合っています。東京でライブをしていたミュージシャンのギャン・ライリーに紹介されて、彼にSynでレコーディングしてもらって。特別なコラボレーションになりました。」アメリカの作曲家テリー・ライリーの息子であるギャン・ライリーは、サンフランシスコ音楽院の卒業生であり、グラミー賞を受賞したアーティスト、アルージ・アフタブのアルバム「Vulture Prince」にも参加しています。彼の特徴あるギタープレイは「十和田湖 夏」に穏やかな印象を与え、ニック・ウッドのコードに優しく心地良い空間を提供しています。ライリーのギターは、エストニアのピアニスト、アレクサンドル・モトヴィロフによるアップライトの柔らかな音色のフェルトピアノで、さらに感情が込められたサウンドに仕上がりました。

「十和田湖 夏」には、日本のアーティストの柳ひろみがボーカルとして参加しています。マザーネイチャー(母なる自然)を具現化するかのような幻想的な柳のボーカルは、この作品の主題となっています。多岐にわたり活躍する柳ひろみは、アーティストとして自身でアルバムをリリースしていますが、今回のコラボレーションは彼女にとっては異例でした。ニック・ウッドは彼女とのコラボレーションを“才能あるアーティスト、そしてソングライターに大きく貢献してもらった”と話しています。「彼女はこのプロジェクトに対してとても慎重で緊張もしていたので、私の自宅のスタジオでボーカルをレコーディングする時は快適にリラックスして取り組めるように心掛けました。彼女の“母なる自然”の声で夏の浮き沈みを表現する、というアイデアを思いついたんです。夏というと大半はポジティブな印象を持ちますが、今は地球温暖化でますます暑くなっています。日本では気温上昇に対する懸念が多くあり、彼女の声がそのキャラクターを描写しています。このアイデア、すごく気に入っているんです。」柳はウッドの意向を反映し、自身の声を呼吸や口を動かす音などの人間らしい要素を取り除くようにとリクエストし、ボーカルに他の世界を感じるような質を持たせました。

十和田湖シリーズに共通するテーマとして、十和田湖でのフィールドレコーディングにおける「PlantWave」の技術があります。このポケットサイズのデバイスは、植物から微小な電気信号をMIDI(メディ・楽器用デジタルインターフェース)に変換します。2022年から2024年にかけて、Synのチームは十和田湖で苔や樹齢900年の杉、シルバーバーチ(樺)など、さまざまな植物のPlantWaveレコーディングを行いました。この植物による音楽のデータは十和田湖シリーズの基盤となり、環境音をコレクションに織り込むことで自然とテクノロジーの融合が実現したのです。PlantWaveデータに加え、フィールドレコーディング・アーティストの鎌田芳生は、毎シーズン約2週間かけて十和田湖で変わりゆく動植物の音をレコーディングし、セミや野生の鳥の鳴き声なども収録しました。これらの自然のサウンドは十和田湖シリーズにとって重要な要素となり、ウッドはこう説明します。「毎シーズン、鎌田さんが十和田湖でレコーディングしてくださっていて各シーズンごとに8〜10日間もかけて取り組んでくれています。このフィールドレコーディングはすべて本物で、鳥の鳴き声なども含まれていますし、京都に旅行した時に収録した寺の鐘の音も取り入れました。お祭りに関連する宗教的なサウンドとして、鐘やチャイムの音を入れたくて。」

「十和田湖 夏」は、8月下旬に東京で開催された高級オーディオブランドKEFとのパートナーシップによるイベントで発表されました。このコラボレーションで重要視されたのは、十和田湖が自然とテクノロジーを融合させ、高品質なオーディオ体験を提供していること。ミックスは、ロサンゼルスのデビッド・レヴィンによりDolby Atmosで行われました。Apple Musicの空間オーディオ機能を利用することで、リスナーは立体的な聴覚体験が可能となります。ニック・ウッドとデビッド・レヴィンによる国境を越えたコラボレーションは制作プロセスにおいて重要な役割を果たし、Dolby Atmosが日常的に利用できるようになったことでさらにやりたいことを実現しやすくなったとウッドは話します。「通常、Dolby Atmosでボーカルをミックスする際には、歌手がステージ上で歌っているような視点で配置しますが、今回はひろみの声に母なる自然の役割を果たしてもらいたかったので、ボーカルに動きを加えるようお願いしました。これは通常のポップ音楽のレコードでは普通ではありません。そこで、彼に自然のサウンドの一部として、鳥の鳴き声のように配置するよう依頼しました。デビッドと一緒にスタジオにいなくてもDolby Atmosのクリエイティブミックスに参加できたのは、貴重な経験でした。」

ジョン・プラインの名曲「Summer’s End(夏の終わり)」の歌詞 “Summer’s end is around the bend just flying, the swimming suits are on the line just drying(夏の終わりが曲がり角にあり去り行き、水着は乾き始めている)”にあるよう、十和田湖の水が冷たくなって浅瀬で泳ぐこともできなくなってきた季節の変わり目の最中で「十和田湖 夏」はリスナーに北日本の夏を垣間見せてくれます。次回作の「十和田湖 秋」リリースを楽しみにしていただきつつ、それまでは「十和田湖 夏」をSpotifyApple Musicほか各配信プラットフォームでお聴きください。